とても楽しい旅でした。 ― 2009/07/24 20時00分
早朝、定期船「せとなみ」に乗り与路島を後にする。
この日はこちらへ生きて一番のよい天気、刺すような日射しがイタイ。
港まで迎えに来てくれたFさんの運転で大島を回る。
2年間住んだなつかしい家や知人などを訪ねて回った。
荒れ果てた昔の我が家の畑、誰も住まなくなった家というのはさみしいものだ。
特にこの家は自分の「本籍地」でもあるしね。。
当時植えていたパッションフルーツがここへきてやっと結実していた。
在来種と言われる小さい実、熟れたものをちぎってお土産に持って帰る。
荒れ放題の生け垣は少し前にずいぶん刈り込まれたそうで、今ではスッキリとしていた。
その影響か、生け垣に這わせていたワニグチモダマは無惨にも枯れていた。ざんねん。。
名瀬の町やスーパーでは数日前までのにぎやかさもずいぶんおさまりなんだかさみしくなってしまった。
島にこれだけ人が集まることはもう無いだろう、300年後の奄美の皆既日食までは、、、とFさんはつぶやく。
夜、Fさんの家族に見送られ臨時便のフェリーに乗り込む。
Fさんにはいろいろお世話になり、とても楽しい旅行になりました。
また必ず遊びに来ます。。
7月26日記す。
この日はこちらへ生きて一番のよい天気、刺すような日射しがイタイ。
港まで迎えに来てくれたFさんの運転で大島を回る。
2年間住んだなつかしい家や知人などを訪ねて回った。
荒れ果てた昔の我が家の畑、誰も住まなくなった家というのはさみしいものだ。
特にこの家は自分の「本籍地」でもあるしね。。
当時植えていたパッションフルーツがここへきてやっと結実していた。
在来種と言われる小さい実、熟れたものをちぎってお土産に持って帰る。
荒れ放題の生け垣は少し前にずいぶん刈り込まれたそうで、今ではスッキリとしていた。
その影響か、生け垣に這わせていたワニグチモダマは無惨にも枯れていた。ざんねん。。
名瀬の町やスーパーでは数日前までのにぎやかさもずいぶんおさまりなんだかさみしくなってしまった。
島にこれだけ人が集まることはもう無いだろう、300年後の奄美の皆既日食までは、、、とFさんはつぶやく。
夜、Fさんの家族に見送られ臨時便のフェリーに乗り込む。
Fさんにはいろいろお世話になり、とても楽しい旅行になりました。
また必ず遊びに来ます。。
7月26日記す。
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